菊池神社

 自然の要塞を利用した中世の山城跡で、守山城・隈府城とも呼ばれています。本城の裏手には征西将軍の在所跡があり、内裏尾ともいい、「雲上宮」が建てられ祭られています。
また、境内にある「歴史館」には菊池一族ゆかりの古文書・家憲・千本槍・能衣装・能面 などの宝物や歴史的文化財を展示しております。

 

正観寺

 当館の隣にあり菊池一族の菩提寺で開山は興国二年(1341年)肥後主菊池武光が大方上人を招いて創建されました。これにまつわるエピソードがあります。
 武光公の父、武時が博多で九州探題の北条英時と戦った時、敗退を覚悟して幼かった武光を聖福寺住職の大方に預けられました。そこで武光が菊池家を継いだあと寺を建てました。 かっては大きな寺で15世紀半ばには全国十刹のひとつに数えられ、寺領は六十六町歩(198,000坪)僧侶は2,000人からいた大寺院であったといわれています。現在も付近一帯は「正観寺」という地名で当時を物語っています。

正観寺の大楠


 正観寺の境内にあり、菊池武光公の墓標に植えたものと伝えられています。 幹囲7.5m、樹高3.4m、樹齢約600年と推定されており、幹は途中でほどよく分かれ、四方に張り出して大きな幹のように拡がっています。以前、台風で大枝が折れたりしましたが樹勢はいまなお盛んです。樹幹が赤みがかっており、離れて見るとアカマツの幹と錯覚するほどです。 この下には武光公の墓碑がありますが、これはずっと後世1782年に建立されたものです。墓碑は亀の背に乗ったもので神道碑といい中国から伝わった珍しい型式です。神道碑の代表は同じ南朝の忠臣として有名な楠木正成のもので、ここの神道碑はそれを模してつくられたものと言われています。

当ホテルロビーよりご覧いただけます。

菊池武光公 墓碑
十五代 菊池武光公
(1320-1372)